急がなくていい。ゆっくりと俗世を捨てよ【適菜収】
【新連載】厭世的生き方のすすめ! 第8回
■庵を結ぼう
願わくは花の下にて春死なん
その如月の望月の頃
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西行の辞世の一首とされるが、『山家集』に入っているので、死の十年以上前の作である。「花」とはもちろん山桜だ。現在、全国に植えられているソメイヨシノは、日本原産種のエドヒガン系の桜とオオシマザクラの交配で生まれた園芸品種であり、明治になってから広まったもの。西行は生涯で作った2090の和歌のうち、230首で桜を詠んだ。
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西行は吉野に庵を結んだ。吉野山には平安時代から桜が植え続けられてきた。特に桜があるところは「一目千本」と呼ばれ山下の北から山上の南へと順に下千本・中千本・上千本・奥千本と呼ぶ。ほとんどがシロヤマザクラで、その数は約3万本に及ぶ。これらの桜が4月初旬から末にかけて、下から上へと開花していく。
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私が吉野の西行庵に行ったとき思ったのは、こんな不便な場所にある粗末な小屋に本当に3年間も住んでいたのだろうかということだ。吉野の庵はいくつかあったとされるし、移動は繰り返していたとは思うが、大変だったとは思う。
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私も嵯峨に庵を結びたい。しかし、勝手に庵を作ったら文句を言われそうだし、山の中で暮らすのは面倒。もう少し便利で快適なところがいい。駅からも近いほうがいい。できたらクーラーがあったほうがいい。それでとりあえず自宅を庵にすることにした。
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心なき身にもあはれは知られけり
鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮
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麻薬取締法違反で逮捕され、懲役4年の実刑をくらった角川春樹が出所したとき、私の友人の料理人が「お祝いになにか用意しましょうか」と言ったら、「鴫が食いたい」と言ったそうな。人間の煩悩は服役くらいでは消えない。
文:適菜収
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